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高野山ケーブル運休について [旅行・観光・鉄道・バス]

11日土曜日12日日曜日、高野山ケーブルは大雪のため運休になります。

代替輸送もありませんので、高野山方面に行かれる方は注意してください。

でも大雪でケーブルカーが運休になるとは珍しいこともあるものです。

私自身、今回初めて聞いたような気がします。

詳しくは、南海電鉄のHPを御覧ください。


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巨大アヒル現れる! [旅行・観光・鉄道・バス]


大阪府大阪狭山市にある狭山池に巨大アヒルが出現しました。

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今年は、狭山池がダム式ため池として誕生してから1400年の記念すべき年を迎えました。おまけに前年には国の史跡登録も実現しました。

そんなこともあって記念に巨大アヒルが展示されることになりました。

ゴールデンウイーク中は展示されていますので、もしお暇があれば巨大アヒルに会いに来てください。

最寄り駅は、南海高野線大阪狭山市駅、そこから歩いて10分くらいのところに浮いていますので。

詳しくは、大阪狭山市のホームページをご覧ください。


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名古屋を中心とした人達は、北陸新幹線に興味がないのでしょうか? [旅行・観光・鉄道・バス]

以前、私は「北陸新幹線(大阪・名古屋-福井・金沢間)建設計画私案」というブログを書きました。

関西圏では北陸新幹線に関する話題を時々聞くのですが、中京圏からは何一つ北陸新幹線についての話題を聞いたことがありません。中京圏の人々は、北陸新幹線に興味がないのでしょうか。

私の案は、現在の東海道新幹線名古屋ー京都間に最短距離の別線を建設し、現在の米原経由をそのまま北陸新幹線に転用しようというものです。

特に、名古屋ー京都間を最短距離で建設すると、おおよそ100㎞、この区間を「のぞみ」が時速300㎞で走行すると、名古屋ー京都間の所要時間はおおよそ25分位、新大阪までの所要時間は約40分位になります。特に、名古屋ー京都間は、30分も掛かりませんから、乗ったと思ったらもう降りるということになりそうです。何しろ淀屋橋から京阪電車が京都七条駅に着くよりも早く着くのですから、名古屋ー京都・大阪間の人の交流が活発になるかもしれません。

JR東海にしても、例え10分程度の時短であっても経費節減につながることになると思うのですが。

費用の面ですが、初めに提示された新大阪ー京都亀山ー敦賀間建設費用と同程度で済むのではないでしょうか。つまり、亀山経由の費用で、中京圏・近畿圏両方の都市と北陸各都市とを新幹線によって結ぶことができるということです。あるいは、それよりも安くできるかもしれません。

技術的には、色々と問題はあるとは思いますが、日本人の英知を集めれば解決できそうな気がします。

しかし、やはり肝心なのがお互いの協力かも知れません。近畿圏、中京圏、そして北陸地方各々の自治体の協力がなければできないかもしれません。当然ながらJR東海、JR西日本の協力も必要ですし、当然ながら国の支援も必要になることでしょう。

報道によるとJR西日本は、新たなルートを選定しているとか、もっと大局的な発想もって事に当たるべきだと私は思うのですが・・・・、イマイチ・・・・。

タイトルにもしましたが、中京圏の人々は、北陸新幹線をどのように思っているか興味があります。北陸新幹線に関しては、中京圏の考え等の情報が、関西にいる私にはまったくと言っていいほど入ってきません。果たして今のままでいいと思っているのでしょうか。私は、そうは思っていませんが。

中京圏と近畿圏および北陸地方がお互い風通しのいい仲になれば、経済、文化等の交流も活発化することでしょう。そうなれば首都圏とタメを張れる存在になるかもしれません。

もし、北陸新幹線建設が、結果的に中京圏と近畿圏と北陸とを強く結びつけるのに役立てばそれだけでも建設する価値があるかもしれませんね。


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岸和田市大久保橋バス停 [旅行・観光・鉄道・バス]

テレビ東京の人気番組である「ローカルバス乗り継ぎの旅」の第21回目の出発地点が、なんと南海本線堺駅!

多分、撮影されたのが8月頃でしょうから、もしかしたら私と出会っていたかもしれません。もしそうだったら、和歌山市まで行けるバスルートを教えてあげられたかもしれません。

私のブログをお読みいただいた方なら、堺東駅から泉佐野駅まで行けるバスルートを記載してあるのでご存知の方もおられると思いますが、実は結構色々ルート使って移動することができます。

ちなみに、りんくうタウン駅に午後4時までに到着すれば、南海和歌山駅に午後7時頃に到着できます。番組では南海本線佐野駅前でコミュニティバスを降りたのですが、そのまま乗車してりんくう総合医療センター前で行くのが正解だったのですが・・・・、残念でした。

もっとも、粉河に出たのが間違いかと言うとそうとも言えません。実はロケ当時はこのルートが使えませんでしたが、午後5時までに粉河に着くとJR橋本駅前行の始発でありそして最終である路線バスがあります。このバスに乗って橋本に行き、橋本で一泊。翌日早朝、真土行のバスに乗って真土で下車します。真土は奈良県との県境近くにあるバス停です。そこから奈良県側に入り、五条バスセンターまで歩くと、新宮行の路線バスに乗ることができます。9時台のバスに乗ると夕方5時前に新宮に着くことが可能で、その後、バスを乗り継いで行けば二日目で潮岬に到着することができます。ただし、ロケ当日は、このルートが災害による通行止めになっていたので、多分このルートは使えなかったと思います。

実は、私もロケの前後に南海バスに乗って旅をしていました。出発地は大阪の天保山。土日祝日と夏休み等になると南海バスがここまで乗り入れています。

天保山から堺東駅前に出て、そこからは岸和田駅前までは、夷子さんたちが通ったルートとまったく全く同じルートを通って岸和田駅前まで出ました。

岸和田市に久しぶりに来たので少しばかり観光に時間を充てることにしました。急ぎ足でしたが岸和田城まで散策しました。しかし歩くのはいいのですが、暑さにはホトホト参りました。

岸和田駅前に戻り、タイトルにしている最終目的地大久保橋へ南海バスに乗って行こううと思います。

以前私は、牛滝山まで南海バスを乗り継いで行ったことがありますが、大久保橋はその途中にあるバス停で岸和田駅前から乗車して、約20分程で到着するところにあります。やはり、岸和田中心部に近いということもあり、約30分間隔で路線バスが走っています。

大久保橋まで来ると、やはり大阪府の田舎という感じが漂ってきます。それだけ自然豊かと言えるのですが。

大久保橋バス停周辺には民家が数件と岸和田警察署の駐在所があります。道の南側を牛滝川が流れており、小さな橋が架かっていました。ひょっとしてこの小さな橋の名前が大久保橋なのかもしれません。

実は、南海バスが走っている道が2車線の旧道で、100m北側に4車線の新道が通っています。私は予定通り、バス停から新道の方へ歩いて出ることにしました。新道は旧道より高いところを通っているので道は上り坂になります。

新道に出ると左手にガソリンスタンドが見えます。ガソリンスタンドの前が交差点になっており、北側に向かって4車線の道が伸びています。この北側に伸びている道路が府道230号線になります。ガソリンスタンドの前の交差点を渡り、上り坂になっている府道230号線を私は北に向かって歩き始めました。坂を上るにつれて景色が良くなり、右に振り向くと遠くに青々とした和泉山脈も見えてきました。

交差点から少し歩くと阪和道の岸和田和泉ICが見えてきます。阪和道の南側が市の境界線で北側が和泉市になります。そして、阪和道の下を通り歩いて行くと、目の前に「ららぽーと和泉」が見えてきます。ここでお分かりできたと思いますが、つまり大久保橋バス停は、「ららぽーと和泉」の岸和田市側の一番最寄りのバス停になります。多分、大久保橋バス停から「ららぽーと和泉」まで歩いて約15分ほどで到着できると思います。

しかし残念なのは、府道230号線が新道からあと100m南にある旧道まで達していないことです。もし達していたら周辺の公共交通が大きく変わっていたかもしれません。というのも大久保橋バス停周辺には南海バスが旧道から新道へ通り抜けることができる道がありません。かなり大回りしないと道がないのです。この事が実は岸和田市南東部一帯に不利益をもたらしていると私は考えています。

もし、府道230号線が旧道まで達していたらどうなるかを考えてみました。

岸和田市中心部から南海バスで直接ららぽーと和泉へ行くことができるようになります。

しかしそれよりも意義があるのが、通勤通学においてです。現状公共交通、つまり南海バスをを利用して、岸和田市南東部地域一帯から大阪市内にでるには、JR阪和線もしくは南海本線の最寄り駅までバスで出て、乗り換えるしか方法がありません。それが230号線が旧道まで達すると泉北高速鉄道和泉中央駅に直接出ることができます。これにより通勤通学時間が大幅(40分程度)に短縮されることになります。牛滝山へも行きやすくなるだけでなく、今まで牛滝山を遠くに感じて敬遠していた地域の人たちにとっても牛滝山が近郊の行楽地に感じてくれるかもしれません。

わずか100mの差が岸和田市の発展に大きな影を落としているような気がします。証拠と言っては何ですが、岸和田市内にある大久保橋バス停周辺の風景は本当に田舎の風景です。それと比べると和泉市内にあるららぽーと和泉前のバス停周辺の風景は近代的に見えるのは私だけでしょうか。

わずか100mの差が大阪府が抱えている諸問題を表しているような気がします。



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新幹線火災について [旅行・観光・鉄道・バス]

6月30日、新幹線「のぞみ」号内で焼身自殺した男性がいました。結果、巻き添えで一人死亡、多数の人が負傷しました。

電車車内でガソリンを撒いて放火するという事件は、国際的にも起きています。

2003年2月18日に起きたソウル地下鉄放火事件では、190名以上の死者が出ています。

いくら車内を不燃化しても人が着ている衣服を不燃化できません。ソウル地下鉄では、色々な事が重なり多くの犠牲者を出しましたが、今回は、閑散期で比較的車内に人が少なかったおかげで20数名の死傷者だけで済みましたが、もし時期がお盆とか年末年始だったらと思うと結果はもっと悲惨だったろうと思います。

リニアをはじめ、高速鉄道は、飛行機と同じような性能を持つことになります。密閉された車両内でいかにテロ的な放火を抑えるかが問題になりそうです。

今回はガソリンを自分の衣服に振りかけて火をつけました。結果ガソリンが爆発的に燃え広がり、車内の温度が、一瞬にして高温になり、その空気を吸った人たちが気管や肺を火傷し死傷しました。高温に熱せられた空気をいち早く冷やすにはスプリンクラー等で車内の温度を急激に常温まで下げるしか手がないかもしれません。つまり火を消すことよりも車内の空気を急激に冷やすことを目的にすれば小型のスプリンクラーの搭載も可能かもしれません。初めに乗客を高温火傷から守り、それから避難誘導するしか方法がないように思います。

残念ながら今回のような車内放火については100%防ぐ方法がないのが現実だと思います。特に鉄道やバスなどの利便性を考える余計にそう思います。

結局手立ては、負傷者を最少人数にする方法だけだと思います。鉄道用バス用の小型スプリンクラーのようなものを開発するしかないような気がします。

亡くなられた人にはお悔やみを、負傷された方々には一刻も早い回復をお祈りします。


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富田林市地内町に行ってきました。 [旅行・観光・鉄道・バス]

富田林市内にある寺内町へ行ってきました。

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↑、地内町交流センター
5年以上昔に訪問した時には、寺内町センターしか観光施設はありませんでした。しかし上の交流センター、駅前に案内所ができていました。

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↑、交流センター内にある小さなお庭です。

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↑、町内を歩くと花をあしらった飾りが

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↑、興正寺別院
16世紀の中頃、このお寺を中心として町が作られました。しかし江戸時代に入ると宗教色は薄れ、商業を中心とした在郷町として発達していきます。現在残されている建物は当時の姿を留めており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

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↑、寺内町の街並み
整備が確実に進んでおり、場所によっては真中の写真のように電柱がないところもあります。

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↑、ショップの数も増えています。
昔は、ほとんど寺内町内に観光客相手のお店はありませんでした。ところが観光地としての整備が整うにつれて飲食店をはじめとするお店が増え始めたようです。古い建物を生かしたお店づくりをしています。

観光客は、それほどいませんでした。まだ観光地としては認知度が低いからでしょう。寺内町を取り囲む街並みも昭和を感じさせる雰囲気が残っています。寺内町だけでなくその周辺も昔も雰囲気を残したまま整備していけば二重に楽しめる街並みなるかもしれません。もっとも、住民の皆様方の理解を得る必要性がありますが。

気になったことが・・・・

◎ 寺内町の周辺に駐車場が必要なのでは?
残念ながら周辺に自動車の駐車スペースがありません。車で来られる方々には不便。

◎ 寺内町エリアは頻繁に車が通ります。エリアには多くの人が住んでいますので難しいとは思いますが通行の規制をすべきだと思います。

◎ 本町公園に、寺内町ゆかりの作家二人の碑があります。
一人が、石上露子(いそのかみつゆこ)。彼女の本名は杉山タカと言います。残念ながら私はこの作家をよく知りません。ただ実家が寺内町センターの向かいにあり、現在有料で公開されています。

もう一人が大阪文学を代表する織田作之助です。
ところが碑に書いてある解説がおかしい。簡単に言うと間違っています。
碑には、織田作之助が富田林とかかわったのが昭和20年頃と書いてあります。しかし実際に作之助が富田林とかかわりを持ち始めたのは、昭和12年か13年ごろです。そう約8年早いのです。作之助の姉が富田林に嫁いだのが関係の始まりです。姉婿は、作之助に対して経済的に支援したり、新聞社に入社できるように世話したり、三高(今の京都大学)時代から付き合っていた女性と結婚させて南海高野線北野田駅近くに家を借りて住まわせたりと色々と面倒を見ています。
当時から北野田・富田林間は、10キロ弱離れた河内長野駅を迂回して電車で行き来できましたが、作之助夫婦は、北野田駅から伊勢道を東に向かって歩き、途中から富田林街道を使って富田林までよく歩いたそうです。途中平尾山で休憩し、雄大な南河内の景色を見ながら弁当を食べたそうです。
以上のような話が残っているので昭和20年頃というのは明らかに間違いだと思います。もっとも市に「間違っています。」と言う気もありませんが。

話しが変な方向にずれましたが、このブログをお読みの皆様、気が向いたら富田林市に訪れてみませんか。
大阪市内だと近鉄阿部野橋駅(道を挟んだ北側にJR天王寺駅があります。)から河内長野行準急に乗車、富田林駅下車。寺内町エリヤまで歩いて数分でいけます。


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北陸新幹線(大阪・名古屋-福井・金沢間)建設計画私案 [旅行・観光・鉄道・バス]

 以前、書いたブログを頭に持ってきました。内容は、2008年当時の内容のままです。

現在までに九州新幹線は、鹿児島中央まで開通し、北陸新幹線長野金沢間も2015年3月14日開通します。

現在、新しい新幹線の建設工事区間は、九州新幹線の博多-新八代間、北陸新幹線の長野-金沢間の2区間です。どちらの新幹線も後数年のうちに完成することでしょう。

新幹線の路線を見てみるとやはり東京を中心に路線を伸ばしているのがわかります。それに引き換え大阪からの路線は東海道・山陽新幹線のみで新しい新幹線の路線ができそうもありません。もっとも新しい新幹線を建設するとなれば北陸方面しかなくそれ以外の四国や山陰方面へ新幹線を建設したとしても果たしてどれだけの需要が見込めるか疑問だと思います。(ただし、岡山-高松は省きます)

話は変わりますが、大阪に住んでいる私が思うには北陸新幹線の延伸区間(長野-金沢)は大阪・名古屋にとってかなりの脅威になるかもしれません。もともと北陸三県と関西・東海は昔から経済・文化などでかなりの交流がありましたが、新幹線の完成後はその流れが東京へ移ってしまいそうな気がするからです。もしそうなれば名古屋は大丈夫かもしれませんが、大阪の地位はますます下がることになりそうです。しかも単に下がるだけでなく長期的に見れば経済的文化的損失を生む可能性さえあると言ってもいいかもしれません。

確かに新幹線建設には賛成反対の議論があるのは確かです。しかし実際に出来上がった新幹線が沿線地域に与えている影響を過小評価できないのも事実です。

前置きが長くなりましたが、別に堅い話をしようとは思ってはいません。ただ読んでいただいて「へぇー」の三つでも頂ければ光栄の次第です。

過去に私が聞いた北陸新幹線(大阪・金沢間)建設計画は、
1、新大阪を起点として大阪を北上し京都府亀岡市を通って福井県に入り、敦賀市から福井、金沢に至るコース。全線新設で建設することになります。ただこの計画では、工事費の話を別にすると京都市を無視するかたちのなるので京都市からクレームがつくのは必至だとおもいます。
2、米原駅からの延伸案。森元総理が言ったとか?確かにこの延伸案なら米原から金沢までおよそ170キロの建設距離になるので工事費は安く済むと思います。ただ東海道新幹線の運転本数が多いことから新大阪への乗り入れできる新幹線の本数は限られると思います。結局のところ新大阪までの運転本数を確保しようと思うならやはり新大阪・米原間を路線別複々線にする必要があると思います。

さて、本当ならばここで私の案を書くべきだと思いますがその前に東海道新幹線の話を少ししたいと思います。

東海道新幹線が開通したのは昭和39年、東京オリンピックの開会式の数日前です。
開通してしまうと今のルートが当たり前のように見えますが、実は計画されたルートと違うところにレールを敷設した区間があります。その区間というのが名古屋・京都間です。
計画では、名古屋を出た新幹線は鈴鹿山脈に彫られたトンネルを通って直接滋賀県に出る予定でした。このルートだと現在の関ヶ原ルートより約40キロから50キロ程距離が短くて済みます。時間にして約15分弱の時間短縮になります。
ではなぜ現在の関ヶ原ルートになったかというと当時のトンネル掘削技術では5年間でしかも東京オリンピック開催前に鈴鹿トンネル(ここでそう呼びます)を完成させるのが無理だと分かったからです。(当然資金面の問題もあったことでしょう)
東海道新幹線をよく見ると新丹那トンネル以外長大なトンネルは一本もありません。どうしても東京オリンピックまでに工事を完成させたいという当時の関係者たちの思いが今のルートになったと言っていいと思います。しかし、関ヶ原を通ることになったおかげで岐阜羽島と米原の間に規格を超える急坂が誕生することになりました。おまけにこの区間は、昔から鉄道の難所として知られていましたからそれに対処するために岐阜羽島駅と米原駅が設けられることになりました。米原駅は在来線と同じ場所に設けられて問題は起こりませんでしたが、岐阜羽島の方は相当もめたようです。しかし二つの駅の構造をよく観察するとこの区間で運行上のトラブルが起きた時にすぐに役立つ設計になっているのがわかると思います。

さて、いよいよ私の計画案の発表です。
実はこのまぼろしに終わった鈴鹿トンネルルートを建設して現在の東海道新幹線のルートをそちらに移し、現在の関ヶ原ルートをそのまま北陸新幹線のルートに転用しようというものです。
北陸新幹線米原・金沢間の建設距離はおよそ170キロ、新しい東海道新幹線のルートの建設距離がおよそ100キロ、計270キロの新線建設になります。
このルートの特徴は、東海道新幹線のダイヤに大きな影響を与えずに済む点にあります。東海道新幹線は御存知のとおり運行本数がずば抜けて多い路線でもあります。前にも書きましたが北陸新幹線の列車を東海道新幹線の路線に乗り入れるにはどうしても本数的に制限を受けてしまいます。新しい東海道新幹線の路線を造ることによってそれを緩和しようというのが狙いです。それに東京・大阪間が15分程短縮になることによって羽田・伊丹間の航空機に対抗しやすくなります。おまけにたとえ15分でも時間短縮ができれば車両運行の効率化によって若干のコストの削減も可能になると思います。もし可能ならば距離が短くなったなった分運賃と特急料金の引き下げを行うことによって名古屋・大阪間のライバル近鉄とも対抗しやすくなると思われます。ましてや羽田・伊丹間の航空機とも。
駅に関してですが、名古屋駅は車両基地に通じる路線があるのでそれをそのまま新線に活用できると思います。
滋賀県側の方は、この間ボツになった南びわこ駅を北陸・東海両新幹線の分岐駅として建設して「のぞみ」タイプの新幹線は新大阪・岡山始発で、「こだま」タイプの新幹線はすべて南びわこ駅始発にすれば新大阪・南びわこ駅間の列車の本数をそんなに増やさなくて済むと思います。おまけに南びわこ駅での乗り換えは京都以西の乗客だけに限られますからホームを歩くだけで乗り換えができるというメリットもあります。

関ヶ原経由の既存線の方ですが、はじめに冬場の雪による遅れを減らすために雪に強い軌道の変更工事を行います。次に米原あたりで路線の分断を行い、京都側、名古屋側双方から路線を伸ばして長浜で合流させます。そして在来線との連絡のために長浜に新幹線の駅を設けます。長浜からは、福井・金沢まで多分現在考えられている計画線をそのまま採用することになるでしょう。

さて、ここでまた余談。
上にも書きましたが、名古屋から関ヶ原を超えて長浜に至る新幹線の路線が本当にできたとすると実は2度目の線路の敷設になります。つまりその昔、実際にこの区間にレールがあって列車が走っていました。
話は一気に明治時代まで遡ります。
在来線の東海道本線が全線開通したのが明治22年(1889年)。全線開通する前、名古屋方面から長浜まで汽車が走っていた時期がありました。長浜からは琵琶湖を船で大津まで渡り、大津からまた汽車に乗り換えて京都・大阪・神戸に向かいました。
関ヶ原から長浜までレールが敷設されていたようですが残念ながら私にはそのルートを正確にお伝えすることができません。多分その痕跡は今はもう残っていないのではないでしょうか。
もし新幹線が名古屋から長浜で開通したならば目的は違いますが昔の路線が復活すると言っていいかもしれませんね。

さて、私の話はここで終わりです。この内容だと「ヘェー」はなし?残念だなー

最後に子供用お絵かきソフトで作った計画図を載せておきますので見てください。では。

新設:北陸新幹線.jpg

追記

2008年当時、私は名古屋-京都間に短結路線を建設しても東海道新幹線東京-新大阪間の所要時間は2時間を切ることはないだろうと思っていました。しかし、東海道新幹線が最近時速を285キロまで引き上げてくれたおかげで所要時間を2時間ジャスト、あるいは2時間を数分切る可能性も出てきました。

もし、そうなれば最終新幹線「のぞみ」の発車時刻が21:40頃まで引き上げることが可能になります。つまり朝に東京若しくは大阪に行って仕事し、日が暮れてから出張先の人たちと一杯やってからでも十分帰ることができるようになります。

ありえない話だとは思いますが、大阪から東京の和食の名店に夜の部を予約して食べに行き、大阪に帰ってこられるようになるかもしれません。

呑兵衛の私にとっては、(当然懐が充実していることが条件ですが)夜な夜な東京で飲んでるかもしれません。

もし、そうなったら・・・・。


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北陸新幹線開通にちなんで。小松空港を日本海側初の国際空港にしませんか・・・ [旅行・観光・鉄道・バス]

今回、私の独り言は、石川県にある小松空港を北陸地方のために本格的な国際空港にしませんか・・・、です。

最近、2018年に韓国で行われる平昌冬季オリンピックについて色々な報道がされています。

IOCが他国の施設を使うことを認めたとかで、平昌冬季オリンピックが日韓共催になるのでは・・・、とネットユーザーや日韓のマスコミを騒がせています。(今のところ、韓国単独開催になるようです。)しかし、不思議なのは、何故他国の施設を使うこと=共催になるのか理解に苦しみます。IOCは、経費節約のために他国の既存の施設を使って競技してもいいと言いましたが、共催しなさいと本当に記者会見で言っていたのでしょうか。別に共催でなくてもいいと思うのですが。要は、開催国が国外で行う競技費用のすべてをもてばいいわけの事です。他国に開催国の国旗が上がる不思議な光景をみることになるかもしれませんが、費用を全額開催国が負担しているのであればそれでいいのでは、と私は思うのですが。

そこで私は、空想しました。もし長野県の施設を使って競技することになった場合、選手達や役員たちの移動はどうなるのかと?

通常ならば、成田・羽田空港→東京・上野→北陸新幹線→長野、というコースになりますが、今年(2015年)3月に北陸新幹線の長野-金沢間が開業します。しかしこれにより成田・羽田ルートより、小松空港経由の方が長野県に行くには時間短縮になります。

そんなこと考えているうちに、小松空港離発着の国際便を増やすことができるのでは、と思うようになりました。

日本の国際空港は、その大半が太平洋側にあります。日本海側には本格的な国際空港は皆無です。ならばここらで本格的な国際空港を日本海側に作ってもいいのではないかということです。多分北陸新幹線長野-金沢間の開通がなければ思いつかない話かもしれません。

今年(2015年)3月14日に、北陸新幹線長野-金沢間が開業します。東京-金沢間が約2時間半、長野-金沢が約1時間で結ばれることになります。ちなみに東京-長野間は約1時間20分かかります。

最近の海外からの旅行者の増加もあり、観光地として石川県や長野県は外国人にも人気があります。今までは太平洋側から入国し、長野県や岐阜県を通り石川県に入り、また太平洋側の国際空港へ戻るというルートが一般的でした。ただこのルートだと移動が結構大変で観光地に滞在できる時間が制限されてしまいます。

そこで、小松空港に国際便を増やし、移動に北陸新幹線を使えば、彼らの観光地における滞在時間を増やすことが可能になります。おまけに小松空港は、福井県-富山県のほぼ真ん中にありますから、国際便の増加は観光だけでなく、北陸地方の産業の発展にも寄与することになると思います。

元々、福井、石川、富山には伝統的に地場産業が強いところですから、外国人の訪問者数が増加すれば地場産業との接触するの機会も増えることでしょう。つまり、北陸地場産業の海外進出のチャンスも増えるかもしれません。

 当初私は、北陸新幹線が金沢まで開業することにより、東京の一極集中がさらに増すのでは、と思っていました。しかしIOCの決定案を聞いてから色々と思いを巡らしていると意外と北陸地方の発展にいい意味で寄与できるのではないかと思うようになりました。

将来的に、北陸新幹線が、大阪、名古屋と結びつくようになれば、ますます小松空港の重要性が増してくるだろうと思います。飛行機と新幹線は、国内的には敵同士になりますが、国際的に見た場合、お互いの良さを補って地域に富をもたらす者同士になるかもしれません。

現在、小松空港に乗り入れている航空機で行くことができる海外の都市は、ソウル、上海、台北だけです。将来的にオセアニア、南アジア、ヨーロッパやアメリカなどの都市へ直接行ける便が増えるといいのですが。

もっとも、その前に小松空港の機能の強化、アクセスの改善等を行う必要性があることは言うまでもありません。しかしそう考えると、北陸本線の一部を第3セクター化するには問題があるような気がします。やはりこれまで通り北陸本線福井-富山間(若しくは糸魚川)はやはりJR西日本が運行した方がいいような気がします。人の流れが一気に増えた場合、3セクでは対応しきれないでしょう。もっとも人が増えてからまたJR西日本に返す方法もあるかもしれませんが。

長々とつまらない話を書きましたが、北陸新幹線の開業が北陸地方及びその沿線地域に多大な富をもたらすことを望むばかりです。


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フリーゲージトレイン登場する?-北陸新幹線計画 [旅行・観光・鉄道・バス]

以前、北陸新幹線(大阪・名古屋-福井・金沢間)建設計画私案というブログを書きました。多くの人に見ていただいたりコメントいただきありがとうございました。遅ればせながらお礼を申し上げます。

いよいよ2015年3月に北陸新幹線長野金沢間が開通します。東京上野駅から乗り換えなしで金沢まで最速約2時間半で到着することができるようになります。現在大阪-金沢間が同じ時間かかるので、時間的距離は、大阪からでも東京からでも同じ距離になります。北陸から東京へ行くには相当便利になるようです。

この先、北陸新幹線は、福井、敦賀まで路線を伸ばす計画ですがその先大阪まで路線を伸ばすかは正式に決まってはいません。北陸新幹線建設計画私案でも書きましたが、北陸新幹線を直接東海道新幹線に乗り入れすることは難しく、仮に乗り入れしたとしても北陸新幹線のダイヤが大きく制限を受けてしまうのは簡単に想像がつきます。どのような計画を立てたとしてもやはり大阪-敦賀間は新線建設になることは間違いないでしょう。それに名古屋-北陸ラインも考慮する必要性もあるので簡単には話は進まないような気がします。私の私案でも京都-新大阪間はやはり別線で建設するしかないような気がします。

さて、JR西日本は、この間、北陸新幹線乗り入れようにフリーゲージトレインを開発するとプレス発表しました。北陸新幹線が敦賀まで完成した時に在来線経由で大阪乗り入れできるようにするためです。山形新幹線や秋田新幹線のように在来線の線路の幅を標準軌に変更するのではなく、現在の在来線をそのまま使うことを目的とするためです。フリーゲージトレインは現在ヨーロッパの一部の国際列車で使われていますが、日本ではテスト用車両を別にすると初めてのこととなります。大阪-敦賀間の所要時間は現在のサンダーバードで約80分、たぶんフリーゲージトレインが走ったとしてもこの間の所要時間は変わらないでしょう。もっともJR西日本が設備にある程度お金をかけることができれば話は別ですが。

仮に敦賀まで北陸新幹線が開通したとします。まず名古屋方面に行くとします。現在の特急「しらさぎ」は北陸本線を米原駅まで走り、米原駅で後ろ向きになって東海道本線を名古屋に向かっていきます。新幹線連絡もあって米原始発の「しらさぎ」もありますが北陸新幹線が開通したのちはたしてどれだけの利用者があるかわかりません。そこで近鉄みたいに北陸本線と東海道本線の間に渡り線を通していちいち米原駅に停車することなく名古屋-北陸間を連絡します。これで何分かの時間短縮が可能になります。もし現在でも明治初期に敷設された関ヶ原-長浜間の道床が残っているのであればそれを活用することによりさらなる時間短縮が可能になるかもしれません。

大阪方面は、当然のごとく湖西線を使います。特急停車駅以外の駅にホームドアを設置します。ただ無人駅もあるので車掌が操作できるホームドアになると思います。

もし、湖西線の特急停車駅以外全駅にホームドアを設置できたならば、湖西線の設計最高速度である150㎞で走行させるとかなりの時間短縮になると思います。ちなみに新快速も150㎞で走るようになると敦賀-大阪間の時短が実現し、ひょっとすると敦賀から京都もしくは大阪方面への通勤通学が可能になるかもしれません。そうなると敦賀を離れる人の数が減るかもしれません。長浜市の前例もありますしそうなる可能性は高いと思います。

本来なら敦賀-大阪・名古屋間は、フル規格新幹線が望ましいと思いますが、JR東海がリニア新幹線に固執している限り難しいと思います。私が北陸新幹線建設計画私案の中で述べたとおり現ルートの代わりに、名古屋-京都間最短ルートの新幹線を建設することによって東京-新大阪間2時間ジャストの「のぞみ」が生まれるかもしれません。(ただし京都-大阪間は、北陸新幹線とは別線になると思います。)

リニアを建設するのも大切かもしれませんが、東海道新幹線の改良も必要だと思います。JR東海が東京だけでなく北陸方面にも目を向ける気があるならなおさらだと思うのですが。

この先、北陸地方の鉄道がどうなるのか楽しみです。


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関西空港に夜景を見に行きました。 [旅行・観光・鉄道・バス]

9月13日土曜日、南海電鉄の企画切符の一日乗車券(泉北高速鉄道を除く南海電鉄全線)を使って関西空港へ空港の夜景を見に行きました。

時間つぶしに、淡輪駅から海岸線に沿って箱作駅まで約4キロほど歩きました。

淡輪駅から海岸に出るまでは、昔の観光地としての風情が残っており、駅周辺を含め町自体再度明治以降の街並みに戻せばちょっとした観光地として復活するかもしれません。特に南海本線の泉佐野駅からみさき公園駅までの区間には往年の街並みが随所に残っており、うまくその町並み活用できればいいのにと思っています。

気温がまだ高いから海岸を歩くと暑いかなと思っていましたが、海風が涼しく歩いていて気持ちよかったです。

途中では、足を止めて海の中を覘いたりしました。波に流されてクラゲが多数浜に打ち上げられているのをみました。時間帯も午後4時ということで人もあまりいませんでした。

箱作駅近くの川を覗くと、小さな魚たちに交じってフグが泳いでおり、川底をしきりにつついては餌を探している姿を見ました。そこから少し上流へ行くと今度は大きな鯉が泳いでいました。川海両方の魚が見れる不思議な川でした。

りんくうタウン駅に着いたのは午後6時前でした。

りんくうアウトレットに行くと日本語以外の言葉があちこちから聞こえていました。ひょっとすると日本人よりも外国から来られた人の方が多かったりしたりして。どうも関空から帰国する時に、ここによるのがどうやら定番になりつつあるようです。

午後6時35分の100円バスに乗り空港島にある展望ホール「スカイビュー」に向かいました。やはり車内も日本語より外国語の方が多かったような気がします。

関空連絡橋をバスは通りますが、夜の帳が下りようとする瞬間の景色が絶妙でした。

展望ホール「スカイビュー」についた時は、あたりはすっかりと暗くなっていました。

展望ホール「スカイビュー」を訪れたのは今回で二度目になります。前回は朝の時間地に訪れました。飛行機が列を作ってフライトの順番を待っている風景を見ました。伊丹空港では見たことのない光景でした。

今回は、夜景を見るのが目的です。テレビでは何度か見たことがあるのですが、実際にこの目で見るのは今回が初めてです。

それにしても幻想的な光景です。誘導灯の青の光が美しい模様を作っており、その中を飛行機が舞い上がっていく姿を何度も見ました。

さすがに関空は風の流れが陸地よりも強く、たぶん気温的には海に囲まれた関空島の方が陸地よりも若干高いのですが寒く感じられました。バス停でバスを待っている時、子供がしきりに寒いと声をあげていました。

関空の夜景の写真をアップしたかったのですが、うまく撮れませんでした。

皆さんも関空の夜景を見に来ませんか。りんくうアウトレットなど観光した後、展望ホール「スカイビュー」により夜景などを楽しんだ後飛行機乗って帰る。いいプランだと思うのですがどうでしょうか。

もっとも国内線の便数が少ない関空ですから難しいかもしれませんが。


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